駅や公共施設、商業施設で目にする、女性トイレ前の長い行列。「また並ばなきゃいけないのか」と、イライラや諦めを感じたことがある方は多いでしょう。一方で、隣の男性用トイレはスムーズに利用できている光景も珍しくありません。なぜ女性トイレにだけ行列ができてしまうのでしょうか?この行列問題は、単なるマナーの問題ではなく、トイレ設置の構造的な格差女性特有の事情が複雑に絡み合って発生しています。

本記事では、一人の市民の疑問から国を動かすに至ったこの「女性トイレ行列問題」について、具体的なデータに基づいた原因の分析から、国や自治体、企業が進める最新の解決策、そして私たち一人ひとりができる行動までを徹底的に解説します。

女性トイレで行列ができる「3つの根本原因」とは?

女性トイレで行列が発生する原因は、主に「便器数の絶対的な少なさ」「個室滞在時間の長さ」「構造的な設置の難しさ」の3つに集約されます。

 男性用と女性用の便器数にはどれくらいの差があるか?(実態調査)

行列が発生する最も直接的な原因は、利用者の数に対する便器数の男女格差です。行政書士の百瀬まなみさんは、3年前から全国1092カ所のトイレを独自に実地調査しました。その結果、全体の平均として、男性用の便器数は女性用に比べて平均1.7倍も多いという実態が浮き彫りになりました。調査対象の9割以上で男性用の便器数が多く、女性用の便器数が上回ったのはわずか7%(73カ所)にとどまっています。

特に駅施設での男女差は平均より大きく、例えばJR長野駅の新幹線改札内トイレでは、女性用個室が6に対し、男性用は個室4、小便器8で、合計すると男性用は女性用の2倍に達していました。この便器数の差が、女性にだけ行列を強いる構造を生み出しています。

 女性の個室滞在時間は男性の何倍?(NEXCO中日本・データ分析)

便器数の格差に加え、トイレの滞在時間にも明確な男女差があります。中日本高速道路(NEXCO中日本)が2021年度に行った調査によると、男性用小便器の平均利用時間は約35秒であるのに対し、女性の個室の平均利用時間は1分45秒と、男性の約3倍に及びます。

このデータは、中日本高速道路株式会社(NEXCO中日本)が2021年に実施した「トイレ利用実態調査」に基づくもので、個室を利用する男女の利用時間に明確な差があることが、行列の要因の一つであることを裏付けています。

(参考リンク)中日本高速道路株式会社 2021年度 トイレ利用実態調査(国土交通省の資料より引用)

この滞在時間の差は、単純に便器の数だけを同じにしても、女性の利用効率が劣るため、結果的に女性側に行列が発生しやすいことを意味しています。

 男性トイレの数が多くなる「構造的な理由」は何か?

同じ面積のスペースにトイレを設置する場合、男性用は「小便器」と「大便器(個室)」を組み合わせることができます。小便器は個室よりも場所を取らないため、単位面積あたりに設置できる便器の総数が、すべて個室で構成される女性用トイレよりも必然的に多くなりがちです。

例えば、同じ面積で男性用が小便器4台+個室3室を設置できる場合、女性用は個室4室しか設置できないといったケースが発生します。これは、明確な公的基準がない現状において、設計者が同じ面積内で最大限の便器数を確保しようとすると、結果として男性用の数が多くなるという構造的な課題です。

 女性特有の事情(生理・着替えなど)が滞在時間に与える影響

女性は、用を足す行為だけでなく、下着の上げ下ろし生理用品の交換といった、より時間のかかる付随行為が個室の中で必要になります。さらに、洋服の乱れを直す、化粧直しをする、といった生理現象以外の行動も、個室で行われやすい傾向にあります。

トイレ研究家の白倉正子さんも、「男女で排泄スタイルも違うし、生理の対応などやることが多い」と指摘するように、これらの女性特有の要因が、男性に比べて個室の利用時間を長尺化させている理由です。

【なぜ解決しない?】トイレ設置数の「明確な公的基準」がない現状

行列問題が長年解消されなかった背景には、公共施設におけるトイレ設置数に関する統一された公的ガイドラインが存在しないという現状があります。

 現在の「職場」における便器設置の法的基準(労働安全衛生法)

唯一、便器数の最低限の基準が定められているのは「職場」のトイレです。1972年に制定された労働安全衛生法では、以下の基準が定められています。

  • 女性用便器: 従業員20人以内ごとに1個以上

  • 男性用大便器: 従業員60人につき1個以上

  • 男性用小便器: 従業員30人につき1個以上

この基準自体、女性の便器が男性の個室よりも利用人数比で優遇されているように見えますが、男性には小便器が加わるため、結果として男性の便器総数が多くなりがちです。また、この基準はあくまで職場のトイレの最低限の設置数であり、駅や商業施設などの公共施設に適用されるものではありません。

(参考リンク)厚生労働省 事務所衛生基準規則

 駅・商業施設に適用される公的な設置ガイドラインはあるか?

国土交通省によると、公共施設や駅、商業施設などのトイレの適正個数を示した公的ガイドラインは存在しません

空気調和・衛生工学会が、百貨店や病院などの適正個数を示す例はありますが、これもあくまで「参考」にとどまっています。公的な強制力のある基準がないため、設計や建設の段階で男女比の最適化が図られず、結果として面積効率を優先した男性優位の設計が続いてきたのが現状です。

 一般の施設で「男女差」が生じる具体的な背景

明確な公的基準がない中で、なぜ男女差が生じやすいかというと、同じ面積のトイレを作る場合、小便器を多く設置できる男性用の方が、総便器数を簡単に増やせるためです。

さらに、国交省も、女性の社会進出が進み、駅などの利用者が増えたことが混雑に影響していると見ています。利用者の増加に、既存施設の便器数が追いついていないという、時代の変化と施設の構造的な問題のギャップが、男女差を生む背景にあります。


海外・国際基準から見る「女性トイレ行列問題」への対策

日本のトイレ行列問題は世界共通の課題ですが、海外ではすでに具体的な男女比率の基準が設けられている例もあります。

 「女性用は男性の3倍」?国際基準(スフィア基準)の便器数男女比

国際赤十字などが避難所などを想定して定めた「スフィア基準」では、最低限必要なトイレ便器数の男女比として、男性が1に対して女性を3とする、という基準が設けられています。これは、女性の利用時間やニーズの多さを考慮し、女性側に圧倒的に多く便器を設置することが必要である、という国際的な認識を示しています。

 ドイツや台湾など「女性優位の設置基準」を持つ国の事例

アジアでは、台湾が2010年に法律を成立させ、学校や駅などでは女性が男性の5倍の便器数を必要とする基準を設けています。また、ドイツのノルトライン=ウェストファーレン州の例では、1000人規模の会場で女性トイレに12個の個室、男性トイレに個室8個と小便器12個という基準があり、ここでも男性の総便器数が多いケースが確認されていますが、州ごとに設置規定が定められています。

これらの例は、女性の利用効率の悪さを考慮し、便器数を意図的に女性優位に設定することで「男女の待ち時間が同じという公平」を目指すという考え方です。

 「ジェンダー・ニュートラルなトイレ」は行列解消に有効か?(海外の失敗例も検証)

男女に分けない「ユニセックス(ジェンダー・ニュートラル)なトイレ」は、柔軟に利用者を分散させるアイデアとして注目されています。研究によると、この方式により男性の待ち時間は少し長くなるものの、女性は待ち時間が半分以下になるとの研究結果もあります。

しかし、この導入には注意が必要です。イギリスの事例では、「ジェンダー・ニュートラルなトイレ」を導入した際に、「ジェンダー・ニュートラル小便器」が設けられたため、結果的に小便器を使えない女性は個室の奪い合いとなり、男性が使えるトイレを増やしただけになってしまいました。設計者が女性のニーズ(使用済み生理用品を捨てるサニタリーボックスの不足など)を配慮しないと、発想が進歩的でも、問題解消には至らないという教訓を残しています。

【行列解消へ】国・企業・自治体による具体的な取り組み事例

長年の課題に対し、国は2025年6月の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に「女性用トイレの利用環境の改善に向けた対策の推進」を明記し、本格的に動き出しています。

 国交省が2026年度に策定を目指す「統一ガイドライン」の内容

国土交通省は、女性トイレの行列問題解決を「女性の活躍推進」の観点からも重要課題と位置づけており、有識者会議(女性用トイレに係る行列問題の改善に向けた検討会)において、便器の適正な男女比率や配置などに関する具体的なガイドライン策定に向けた議論を進めています。

これまでの公的ガイドラインがない現状を打破するため、有識者らを交えた協議会を発足させ、設置基準数のガイドラインを取りまとめる考えです。この基準は強制力を持たないものの、建物を新築する際の参考として広く導入を促すことを目指しています。

(参考リンク)内閣官房 女性用トイレに係る行列問題の改善に向けた検討会 資料

 イベント時の「男女トイレ転用」の工夫と課題(大阪城ホールなど)

イベントの来場者の男女比に応じて、男性用トイレを女性用に一時的に転用する取り組みが進んでいます。大阪城ホールでは、女性客が多いライブの場合、通常「女性6カ所、男性4カ所」のところを「女性7カ所、男性3カ所」に変更する例があります。

この転用時には、男性の小便器にロールカーテンを設置するなど、女性が抵抗感を持たないような工夫が施されています。しかし、名古屋のバンテリンドームの例のように、普段男性が使っている便器を利用することに抵抗を感じる女性も少なくなく、あくまで一時的な対策として課題も残ります。

 個室数を柔軟に変更できる「可動壁」の導入事例

石川県の小松ウオール工業が製造・販売する「動く壁」は、男女のトイレの仕切りをスライドさせて、イベントの男女比に応じて個室数を柔軟に変更できる画期的な仕組みです。すでに全国85カ所の施設に導入されており、女性の来場が多いイベント時に男性用トイレを女性用トイレに転用する際に利用されています。これは、既存施設の構造を大きく変えずに対応できる具体的な解決策の一つです。

 空き状況を可視化する「デジタルサイネージ」やITツールの効果(エアノックなど)

行列を物理的に解消するだけでなく、利用の効率化を図る取り組みも進められています。高速道路のサービスエリアでは、トイレの空き状況を確認できる電子看板(デジタルサイネージ)が設置され、スムーズな利用を促しています。

IT企業「バカン」が開発した「エアノック」は、個室に入って10分経過すると滞在時間が表示されるシステムで、利用者に混雑状況を知らせます。「バカン」の調査では、このシステムを導入したことで平均の個室滞在時間が30秒短縮されたというデータもあり、不必要な長居を防ぐ効果が期待されています。

 自治体レベルで先行する「女性用便器を2倍」にする整備方針(山口県萩市)

国に先行して、自治体レベルで独自のガイドラインを策定した例もあります。山口県萩市は2010年に「公共施設のトイレにかかる整備方針」を策定し、設置割合を男性用小便器1に対して女性用便器を2とする目安を設けました。これは、女性の利用効率の悪さを具体的な数値で補おうとする、先進的な取り組みです。


🎯 H2:私たち利用者ができる「行列を短くするための行動とマナー」

便器の増設や施設の工夫には費用と時間がかかりますが、行列を少しでも短くするために、私たち利用者自身が心がけるべき行動もあります。

 「用を足す以外の行為」による“トイレ籠城”はなぜ問題か?(スマホ・昼寝など)

近年、トイレの個室に長居する「トイレ籠城」が問題視されています。行列ができているにもかかわらず、個室の中で着替えや食事、さらにはスマートフォンを長時間チェックしたり、一瞬眠ってしまったりするケースが報告されています。都内のテレビ局では「トイレの中で寝てはいけません」という貼り紙があった事例もありました。

洋式の普及や快適な機能(温水洗浄便座など)により居心地が良くなったことが一因ですが、排泄や生理用品の交換以外の目的で個室を占有することは、外で待つ利用者にとっては迷惑でしかありません。

 快適すぎる日本のトイレが「滞在時間の長期化」を招いているのか?

日本のトイレは清潔で、排泄音を消す「音姫」や温水洗浄便座、柔らかいトイレットペーパーなどが常備されており、その快適性は世界トップクラスです。しかし、この快適さが、結果として個室を「落ち着ける場所」にしてしまい、利用者の心理的な長居を誘発している可能性が指摘されています。

ドイツのトイレが回転率が早い理由として、「居心地が良くないから」という身も蓋もない理由が挙げられているように、日本のトイレの快適性は、行列問題において皮肉にも「あだ」になっている側面があるのかもしれません。

 行列解消のために利用者が心がけるべきこと

トイレ研究家の白倉正子さんは、「便器の増設は大切だが、お金がかかるので簡単ではない。利用者は用を足した後、速やかにトイレから出ることを心がけてほしい」と訴えています。

行列解消には、施設の構造的な改善だけでなく、利用者一人ひとりが「行列ができている」という状況を認識し、排泄目的以外での個室の長時間利用を控えるというマナー意識を持つことが重要です。

【調査のきっかけ】一行政書士の疑問が国を動かした経緯

この問題に大きな光を当て、国を動かすきっかけを作ったのは、長野県松本市出身の行政書士、百瀬まなみさん(61)です。

 行政書士・百瀬まなみ氏が調査を始めた「推し活」での体験

百瀬まなみさんが調査を始めたきっかけは、人気歌謡グループ「純烈」の熱烈なファンとしての「推し活」でした。2022年夏、島根でのライブ後、JR倉敷駅でトイレに駆け込んだ際、女性用には5~6人の行列ができていました。脂汗をかきながら用を足し、案内板を見ると、女性用便器が4に対し、男性用は大小合わせて7(女性の1.8倍)あることに気づきます。

この体験が、「なぜ女性ばかりが我慢し、行列を作らなければならないのか」という疑問を生み、全国1092カ所のトイレ便器数を記録する実地調査へと百瀬まなみさんを突き動かしました。

 全国1000カ所超の独自調査が明らかにした衝撃の「男女格差」

百瀬まなみさんの地道な調査により、男性用便器数が女性用の平均1.7倍であるという具体的なデータがSNSなどを通じて広く発信され、大きな話題となりました。この市民による独自の客観的なデータが、これまで「仕方ない」とされてきた行列問題を「解消すべき構造的な格差」として社会に強く認識させました。

この調査結果が話題になると、ついには国土交通省からも問い合わせを受けるに至り、政府が対策に本腰を入れるきっかけとなったのです。

 「平等」ではなく「公平」を目指すという調査の訴えとは?

百瀬まなみさんは、「これまで女性は行列ができることを前提に早めにトイレに行くなど、自衛するのが当たり前で『仕方ない』と我慢してきた」と強調します。そして、トイレの面積や数を単にそろえる「平等」だけでは不十分であり、男女の滞在時間の差を考慮して数を調整し、結果として「男女の待ち時間が同じという公平を目指してほしい」と訴えています。

この「平等から公平へ」という視点の転換が、国がガイドライン策定に乗り出す上での重要な指針となっています。